上海の外国租界にプチトリップ!上海租界特集

外灘、フランス租界、旧日本人居住区を歩いて知る上海の近代史! この街のもう一つの魅力を知れば、旅がもっとディープになるはず。

こんにちは、上海ナビです。
中国の史跡と言えば、北京の万里の長城に西安の兵馬俑。四川省には三国志に関する名所がありますし、シルクロードに思いを馳せるなら敦煌、孔子ファンなら山東省もはずせないのではないでしょうか。上海は……というと、実は何千年もの歴史を感じられる場所はありません。中国の年表を広げると、上海が登場するのは1800年代からです。では、そのころ上海に何が起き、どのように今のような街が形成されたのでしょうか。そんな好奇心を満たすには、「租界」を歩くのがいちばん。今回は、上海の魅力を再確認できる外国租界をご紹介したいと思います。

外国租界基礎知識

<租界とは>
「租界」とは、外国人居留地のこと。上海が開港したのは1842年、当時の中国・清がアヘン戦争に敗北したことからすべてが始まります。現在の外灘エリアは主にイギリスとアメリカが共同租界を築き、淮海中路周辺にはフランス租界が築かれました。現在の虹口区には、共同租界の一部だった日本人居住区が存在し、1900年代初頭には10万人もの日本人が上海に暮らしていたといいます。
<当時の上海>
現在「上海人」と呼ばれている人たちは、ほとんどがこのころに寧波や江南から流れてきた人たちだそう。上海語や上海料理が周辺都市のミックス文化だということもうなづけますよね。1900年前後には、太平天国の乱などで発生した難民が上海に多く移り住み、同時に世界最先端の建築群や娯楽施設が建設され、「魔都・上海」が形成されて行きました。華やかで退廃的なこの街は、明治という時代に窮屈さを感じていた日本の文化人たちをも虜にしてしまいます。当時上海にいた日本人では、金子光晴、谷崎潤一郎、永井久一郎(永井荷風の父)などが有名ですよね。
<現在の租界>
外灘の建築群や淮海中路周辺の老房子(古い洋館)は文化財として保護されており、今でも100年ほど前の建物物が多数見られます。ホテル、レストラン、バーなどにリノベーションされているところもあるので、中の様子も気兼ねなく見ることができます。まだ普通に住民が暮らしている家もあるんですよ。ショッピング、グルメ、観光と、普通に移動、利用する場所にも実は近代史に残るストーリーが残されていたりします。ぜひ意識してみてください。
租界時代の建物をリノベーションしたオススメホテル。
食事やお茶で租界時代のレトロモダンを味わうならここ。

租界を歩こう

上海の外国租界は、主に共同租界、フランス租界、日本租界(正式には共同租界内の日本人居住区)の3つに分けられます。それでは早速、エリアごとに見ていきましょう。
共同租界。

共同租界。

フランス租界。

フランス租界。

日本租界。

日本租界。

共同租界

<エリア>
主に外灘を中心としたエリアです。黄浦江沿いに建つモダンビル群は、じっくり見ていくとアールデコ、ネオゴシックなど、さまざまな様式を用いた建築群が見本市のように並んでいることに気づきます。木造家屋や長屋中心の街並だった明治大正の日本からやってきた人たちは、このビル群を見て度肝を抜かれたに違いありません。
<キーワード>
覚えておきたいのはパーマー&ターナーラズロ・ヒューデック。前者はイギリスの建築会社の名前で、後者はハンガリー人の建築家です。ともに共同租界エリアの建物を数多く手がけました。また、現在の南京東路や福州路には茶館と呼ばれる娯楽場がひしめいていたそう。周辺には妓館、ダンスホール、ビリヤード場、ボーリング場、見世物小屋、アヘン窟などがびっしり並んでいたといいます。外灘沿いには黄包車と呼ばれる人力車が、お金持ちのお嬢様や外国からのビジネスマンを乗せて走っていました。
外白渡橋付近。

外白渡橋付近。

<ここを見よう!>
外灘は上海の顔ともいうべき場所ですが、その歴史や当時上海にいた外国人建築家たち、当時流行っていた建築様式などを予習すれば2倍楽しむことができます。外灘まで来たのであれば、北側の外白渡橋まで足をのばしてみましょう。外灘につながる漢口路、福州路、金陵東路などの路地や、四川北路、圓明園路などの裏外灘にも当時の建築群がたくさん隠れています。雰囲気を堪能できるホテルも多いので、滞在してしまうのもオススメ。

フランス租界

<エリア>
淮海中路を中心としたエリア。東西に走る淮海中路に対し、南北に交わっているストリートに見どころが隠れています。オススメは復興西路、思南路、衡山路、武康路など。閑静な住宅地が並び、歴史に名を残した人たちの旧居も点在していてお散歩にぴったり。
街並。

街並。

孫文故居。

孫文故居。

<キーワード>
共同租界に威圧的なビルが多いのに対し、フランス租界はフランス人たちが住むために作られたおうち・老房子がたくさんあります。おとぎ話に出てきそうな素敵な洋館もいっぱい。今でも普通に賃貸で住むことができるんですよ。また、この界隈の特徴と言えばプラタナス並木。当時パリらしい街並にするために植えられたそうです。
<ここを見よう!>
モダンな老房子をプラタナス並木沿いに眺めながら散歩し、歩き疲れたら老房子カフェでひと休み。そんな気ままな歩き方が似合うエリアです。犬の散歩やベビーカーを押す欧米人とすれ違ったり、通りに貼られた不動産屋の張り紙を眺めたりしていると、上海に住みたくなってしまうこと請け合い。一つひとつの家にストーリーが残されているので、中国語ができる方はのんびり夕涼みやひなたぼっこをしている地元の人に、その家のことを聞いてみるのもいいかもしれません。

日本租界(日本人居住区)

<エリア>
上海市街地の北に位置する虹口区の魯迅公園周辺エリア。2時間もあれば徒歩で隅々まで見て歩ける広さなので、ウォーキングにもぴったり。東京で言えば、本郷や早稲田のような雰囲気です。建物だけ見れば、横浜や神戸、函館にも近いものがあるかも。文学散歩を楽しみたい方、戦前の日本の雰囲気を味わいたい方にも人気。
魯迅故居付近の住宅地。

魯迅故居付近の住宅地。

<キーワード>
出かける前に魯迅茅盾郭沫若などの中国を代表する近代作家の作品、金子光晴谷崎潤一郎芥川龍之介などの上海を舞台にした旅行記のどれか一つは読んでおくことをオススメします。特に日本人作家たちの上海旅行記、滞在記は、100年も前のことなのに今と変わらない上海の雰囲気、上海人の言葉遣い、街並の様子にドキリとするはず。しかも彼ら日本と中国の作家たちは、租界時代にこの地で交流しているんです。たまり場となっていたのは、内山書店でした。
金子光晴の暮らした余慶坊。

金子光晴の暮らした余慶坊。

<ここを見よう!>
本を読んだなら、ぜひその作家の旧居やゆかりの地を訪ねてみて下さい。今のガイドブックではなく、当時の本や伝記などにある住所を訪ねればすんなり行けてしまいます(地名もほぼ当時のままなのです)。日本の名前がついた地名、どこか日本風の家屋も見どころの一つ。共同租界やフランス租界よりも、よりリアルに上海人の生活が見られる下町的雰囲気も味わってください。
いかがでしたか? ナビは、今の上海と租界時代の上海はなんだか似ていると感じています。旅行者や出張者を含めれば現在上海にいる日本人は10万人とも言われていますし、不況の日本を飛出して活気ある上海に希望を見いだす日本人も少なくありません。街には外資系企業のビルやお店が並び、外国人のニーズに合わせた遊び場もたくさんあります。ぜひ皆さんも、租界エリアを歩いて開港当時からの「どんな文化も受け入れ、さまざまな人を引きつけてしまう」という大都市・上海の気質を感じてみて下さい。きっと上海の印象が180度変わるはずです。
以上、上海ナビがお伝えしました。
関連タグ:外灘淮海中路虹口

上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。

記事登録日:2010-09-16

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